On the Waters

帆船のことや、ヨットのこと

スループ、カッター、ケッチ 帆装についての覚え書き

帆船は、マストの本数や帆の形によって分類することができます。今回は、小さめの船で使用される帆装、3種類について書いています。

はじめに

帆船の用語は、時代や場所によって違いが大きく、同じ用語が違うものを指す場合も少なくありません。ここに書いている内容は、私が見聞きしている、現代の船で一般的に使用されている定義になります。ネルソンの時代の艦隊や大航海時代の帆船については、守備範囲外です。

スループ (Sloop)

マストと帆の形

スループは、一番普通のタイプの帆装です。通常、マスト1本に、帆は2枚 (三角形のメンスルにジブ) です 。

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ヨットと言われて、まず思い浮かべるのがこのタイプだと思います。

特徴

帆が2枚なので、扱いがシンプルになります。また、カッターやケッチと比較して、風上へ上る性能が一番よいと言われています。

帆のサイズが、カッターやケッチと比べて大きくなるため、帆を上げたり、制御したりするために、大きな力が必要となります。軽くて強度が高い素材や、ウインチが開発されたことにより、現在では、このスループが一般的な帆装となりました。

ランサム全集のスループ

フラッシュ号 (the Flash)

ポートとスターボードのお父さんであるファーランド氏のレース艇。「オオバンクラブ物語」、「六人の探偵たち」にでてきます。

「だれかフラッシュ号で一はしりしたい者はいないかい?」
たちまち、トムとディックとドロシアは、ティットマウス号をつないで競走用の小型スループにどやどやと乗りこんだ。
「オオバンクラブ物語」10章 かくれ場所で

"Anybody like to come for a spin in Flash?"
In a minute Tom, Dick and Dorothea had tied up the Titmouse and were crowded into the little racing sloop.  
“Coot Club" Chapter X. LYING LOW

カッター (Cutter)

マストと帆の形

スループと同様、マストは1本です。バウスプリットがあり、船首の帆(ヘッドスルと言います)が2枚以上あることが多いです。


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スループとカッターは、マストの位置で分類されます。カッターのマストは、スループのマストよりも後ろ、船の中心に近いところに位置しています。その分、メンスルは小さくなり、マストの前側、ヘッドスルのエリアが広くなっています。

特徴

スループが一般的になる前は、小型から中型の快速艇というとカッターでした。バウスプリットによって、セットできる帆の数を増やし、より速く帆走できるようになっています。しかし、技術の進歩により、現在ではカッターの帆装にするメリットがあまりなくなってしまったため、ほとんど見かけなくなりました。

ランサム全集のカッター

鬼号 (the Goblin)

ランサム全集でカッターといえば、鬼号です。新訳では、ゴブリン号ですね。「海へ出るつもりじゃなかった」で、子供たちがオランダまで航海する船です。「ひみつの海」にも出てきます。

赤い帆をあげた白い小さなカッターが、もやっている船の群れの方へ進んでくるところだった。だれか一人が、フォアデッキでいそがしく動いている。
「海へ出るつもりじゃなかった」1章 もやい結び

A little white cutter with red sails was coming in towards the moored boats. Someone was busy on her foredeck.
"We didn't mean to go to sea" Chapter I. A BOWLINE KNOT

シロクマ号 (the Sea bear)

「シロクマ号となぞの鳥」にでてくるシロクマ号もカッターです。シロクマ号は、もともとノルウェーでパイロットカッター (pilot cutter) として使われていたと書かれています。パイロットというのは、水先案内人のことです。水先案内人は、大型船が港などに入ってきたときに、その船に乗りこんで安全な水路を案内します。パイロットカッターは、水先案内人を大型船まで送り届けるための船で、高速かつ、少ない人数で操船できることが求められます。

シロクマ号は、キャプテン・フリントが、自分と、乗組員であるブラケット、ウォーカー、カラムの三家族の子どもたちのためにかりた帆船で、むかしはノルウェーで水先案内に使われた船だった。
「シロクマ号となぞの鳥」1章 シロクマ号

She was an old Norwegian pilot cutter and had been borrowed by Captain Flint for himself and his crew of Blacketts, Walkers and Callums.
"Great Northern?" Chapter I. THE SEA BEAR

タゲリ号 (the Lapwing)

「ひみつの海」にでてくるタゲリ号もカッターです。

「船尾が四角になったカッターだよ。色は黄色で帆は白だよ。船名はタゲリ号。」
「ひみつの海」9章 野蛮人と友だちに

"Square sterned cutter. Painted yellow. White sails. Lapwing's her name."
"Secret Water" Chapter IX. MAKING A FRIEND OF A SAVAGE

流星号 (the Shooting Star)

「六人の探偵たち」で死と栄光号の3人が流したと疑いをかけられる船の1つ、流星号も、racing cutter と書かれています。

ケッチ (Ketch)

マストと帆の形

マストは2本。スループのようなマストに加えて、短いマストが船の後ろの方についています。長いマストをメインマスト、後ろにある短いマストをミズンマストと呼びます。

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このミズンマストは、舵よりも前にあります。ミズンマストが舵よりも後ろにあると、ヨールと呼ばれるタイプの船になります。

ケッチには、3枚の帆があります。スループと同様にメンスルとジブ。それに加えて、後ろのミズンマストにミズンセイルがあります。大きい船では、2枚以上のヘッドスルを持つ場合もあります。

特徴

帆が3枚に増える代わりに、ケッチのメンスルやジブは、スループのものよりも小さくなります。そのため、帆を上げたり、制御したりするのに必要な力は小さくなります。また、

・ジブとミズンセイルだけあげる
・ミズンセイルだけあげる

など、帆の上げ方のバリエーションが増えるため、強風下などの状況に対処しやすくなります。

スループになれていると、メインをあげないで、ジブとミズンセイルだけあげるというのは不思議な感じですが。ジブとミズンセイルは、船尾のヘルムの位置を離れずにあげることができるので、ケッチではよく使われます。

現在のヨットはほとんどスループですが、それでも、まだ、時たまケッチを見かけることがあります。レースよりもクルージングを好む場合は、様々な状況に対応しやすいケッチの方がよいという考えがあるからです。

ランサム全集のケッチ

ケッチ・アズ・ケッチ・キャン (ketch as ketch can)

ランサム全集には、メインの船としては、ケッチはでてきません。「ヤマネコ号の冒険」と「海へ出るつもりじゃなかった」で、港の描写に少しでてくる程度です。

ケッチ型の漁船が、埠頭の突端から出て行くのが見えた。
「ヤマネコ号の冒険」2章 赤毛の少年

They watched one of the fishing ketches sail out between the pier heads.
"Peter Duck" Chapter II. RED-HAIRED BOY

ケッチ・アズ・ケッチ・キャン (ketch as ketch can)というのは「ヤマネコ号の冒険」にでてくるローストフトのパブの名前です。ブラック・ジェイクの手下の一人が、そこの用心棒をしていたと書かれています。

ラカンドラ (RACUNDRA)

ランサム全集には、ケッチはでてきませんが、ランサム自身はケッチ型の船に乗っていました。ランサムが所有した歴代の船のうち、ラカンドラ号とピーター・ダック号は、ケッチです。

ラカンドラ号については、ランサムによるラカンドラ号の航海記が出版されています。日本語への翻訳はされていませんが、Kindle 版がでているので、入手しやすいかと思います。

"RACUNDRA's First Cruise", "RACUNDRA's Third Cruise"